清朝末と現中国とのシンクロニシティー

TIBET ROOMをまた更新しましたよん。SUMmARyの項目が国旗と国歌の二つに増えて、ちょっとはそれらしくなりつつあるのな。それからEVeNTの何となく腑に落ちなかったデザインも取りあえず落としどころを見つけた感じ。
絶不調のG5を騙しだまし夢想花状態を恐れつつドツボに呆れ果てながら、なんとか一段落つけられたかな?と云う感じであるのだが、そういえば旅行記の方の「おまけ」が中断したままだし、鳥葬の章の写真の修整作業も中断しっぱなしだな。本も読まなきゃだし、背中と左肩左腕が痛いし怠いし、なんだか先にすべきことが後回しになっているような気が思いっきりしているんだけど、思い過ごし?じゃないよね。そうだべな。はい、わかっとりやす。でもいいんだ。理由なんてないけどいいんだ。これでいいのだ!___現実逃避完了。


今、小難しい本を読んでいることは前にも書いたけど、当然捗っていない。いや、そんな事はどうでもよくて、現在の中国と清朝末期とが妙にリアリティーをもってシンクロする瞬間が読むごとに増えてゆくことを今日は物凄く感じた。儒教朱子学ー共産主義、科挙官僚(士大夫)・儒学エリートー共産党員、江蘇中心の経済繁栄と社会の不安定要因の増大ー自由化による経済発展と同じく不安定要因の膨張、などの相関関係もさることながら、非儒教なる存在への科挙官僚たちの弾圧・同化策なども現チベット・南モンゴル・東トルキスタンへの共産党政府の政策と大差ない。あるのは科挙官僚たちには非漢族の清皇帝や八旗が存在することぐらい(といっても大きい存在だが)である。だからといって中国危機説を唱えるつもりは今のところないけどね。
それにしても、今読んでる本「清帝国とチベット問題」は、特に清朝とチベット・モンゴル・東トルキスタンの関係について気をつけて読まないと一種の「錯覚」のようなものに陥る。著者もその辺を意識してか慎重に相対化した表現をとるようにはしているみたいだけどね。これからモンゴルやチベット側の認識にも触れられることがあるかもしれないので断定は留保するけど、研究者からもその点で批判を受けているようで、あるブロガーがその「批判」と云う単語にリンクさせていたのがコチラ。まだ読んでないけど、まさかオカメインコのまりりんに出逢うとは思わなんだダァよ。
anyway___何れにせよ、いろんな考えに出逢った方が理解も深まるってもんだ。自分の願望に即したものしか受け入れない偏狭な態度は、こういった重要で微妙な大問題には大敵である。ただし例外はある。それは中国国際放送局。報道機関としての価値は皆無です。ホントに邪魔なんよ中国のプロパガンダは!なわけで、最近TIBET NEWSに採用することなくなりました。

うっは!またチベットネタだぁよ。いい加減すこし離れて阿呆なの書きたいんだけどなぁ〜。

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