あるブログの感想

この投稿は、タイトルにピンときた人以外はスルーして下さって結構です。

下の記事でパッと目についたのが、「Tenの力」
これって「天の力」というよりも

「点の力」、「転の力」 でしょ。

皮肉のつもり?

だとしたら、
点は無限に通じるんだけどな。
点とは面積がない無。そして無限にも面積がない。
面積とは有限に内在するもの。
すなわち、点とは龍のごときことば。
そして転とは変化、また転がるからエネルギーの象徴。
これまた偶然にも龍を連想させる(こじつけ?んん…〜〜;)。
それに加えて天!
すんごいじゃん。
斯様にことばには色んな含みがある。
だからこそ話の流れや口調などが重要なのだが、
それも一切なく一義的に決めつける事は、
言うなればことばの差別ではなかろうか?
ことばに敏感な方なら必ずぶつかる問題だと思うんだが、
さて、この方はどうなんだろう?

と思っていたら、コメント欄に

「言葉」をこうやって差別的に使っていくことはやってはいけないことだと思います

___墓穴。

こけ脅しの偽物。
なんて事はない、愛フェチの戯言。
仏教は全てを理解するには一生では足りないと云われるほど緻密で高度な理論体系のうえに成り立ったている為に、人によっては哲学であるとさえ言われている。そんな仏法に帰依し、修行する僧を、いざとなると「勘」だのと誤摩化しつつ批判する理由のとどのつまりが、結局「愛のないセックスなんて」などと全く俗な感情とはこれいかに。仏教においては肉親や恋人への愛ですら執着、いわば煩悩として捨て去る事を説いているのだ。そんなことは私のような不勉強でも仏教に少しは関心があるものなら知っていることだ。ましてタントらがどーのこーのと御託を並べる者が知らぬわけではあるまい。本質的に欠けているところに気づかず慢心している人は放っておくに限る。
それほどダライラマが大悪党なら、口先だでなく、ちゃんとチベット人に教えてあげたら?誰も相手にしないだろうけど。
ま、商売、頑張って下さい。

こんな感じかな。腹が立つというより、どうでもいいって感じ。

それにしてもNさんのコメントは興味深かった。動機の純粋さが見てとれて好感が持てたし。ただ残念なことに私は神秘主義からずいぶん遠ざかって久しい。昔はちいとは興味あったんだけど。
もう一方のNさんの言う事が解っただけでも大収穫だな。

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