本当の現実__Outbreak

今日で震災から三ヶ月、また黙祷を捧げた。
昨夜は村上春樹の受賞スピーチが関心を集め、私も原稿全文を見つけてすぐ保存目的で全文をブログに(コピペ)アップした。
ツイッターで「非現実」に触発された考えが幾つか見られたけれど、私の触発された考えを簡単に述べるなら、ゲンジツを見ろと言う人たちのゲンジツは本当に現実なのか?むしろ非現実的な夢物語だと揶揄されたものの方が本当の現実ではないのか?或いは今は非現実かもしれないものを時間が現実にひっくり返すことだってあるんじゃないか?と云う可能性が、日本の原発に余震のように揺さぶりをかけ続けている。
そして今日、土曜日ということもあって反原発デモが各地でなされ、NHKなどTVのニュースでも取り上げられ、一過性ではない明らかに震災までとは違う日本人たちがそこに映っていた。
非現実的な夢想家?
何とでも言うがいい、夢は実現させるためにあるのだから。

さて、明日の法事の手伝いに備えて録画予約をしようとしたら見てない映画を発見した。
アウトブレイク Outbreak
Out-p
記憶にないなーと思っていたら、日本での公開が1995年で、ちょうどチベッへ出かけようとしていた、あるいは出かけた頃だった。
☟予告編
いわゆるパンデミックもので、アフリカの「未知」の感染症で全アメリカ人が48時間で全滅の危機にさらされるのだが、それを防ぐ為に一つの田舎町を犠牲にする命令が大統領から下された。さてさて!これ以上はネタバレになりそうなので控えるけど、軍のお偉いさんの情報隠蔽工作とハリウッド的な正義感で突き進む部下たちとの板挟みで葛藤する上官なんてことを書くと、キャスティングで大体予想はつくだろうな。(そこに離婚したばかりの元夫婦なんてことを書き込めば尚更。)だからといってつまらない映画ではなく、なかなか面白かったです。これは保証する。
それにしても、どうしても東電の原発事故とオーバーラップしてしまい、感慨深いものがあった。特に政府お偉方に死亡した患者の写真が配られる場面での「これは単なる統計上の数字ではない。血の通った生身の人間だ!」という台詞にハッとした。
東電や原子力保安院、政府、政治家たちは数字の本当の姿を、本当の現実を解っているのだろうか?原子炉で起こった、起こっている現実も解っているのだろうか。それは単なる数値でしかないのではないか…そんな疑念がどんどん増してきている。更に忘れてはならないのは、地震と津浪による死者の数も単なる数ではないこと。その一人一人に生活があり人生があり家族があり友だちがあり愛するものたちがいた。想い出も。
本当の現実って何やろね?

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